病弱ことりの鳥かご

躁鬱20代女の美容とメンタルヘルス、ときどき趣味のこと。

精神疾患を明かしてチャットしたら、うつは甘え論の人に遭遇した話。

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病気になって、寂しいと感じて、人と関わりたいけど自分の病気(精神疾患)って世間にどうみられているのか。

それが、頭の中をぐるぐる回っていた頃があります。

数年前のことです。

ふと思い出したので書こうと思います。

その頃も不眠症で夜中にずっと起きていて、寝る前のスマホは眠りを妨げると知りながら、やはりスマホをいじっていました。

そうしたら、たまたま登録不要のチャットを見つけたのです。

入室ボタンを押せば、すぐマッチングして話せるようで、今はそのチャットの名前は忘れてしまいましたが、LINEのような吹き出しでチャットする感じでした。

人と話したい…ネットでも良いから…と思い、入室ボタンをポチっと押したのです。

すぐマッチングされて、『初めまして』と挨拶文。

私は、『初めまして』とやや緊張しながら返信。

するとすかさず『女?男?』『何才?』『いま何してるの』『どこ住み?』『ライン教えて』『何カップ?』

...........。

あ、しまった。そういうサイトかぁ…と思ったのですが、どうやら暇つぶしにしている人も多いようで、年齢層も話しただけでも12才〜50才まで幅広い人が使っているようでした。

当時、病みに病んでた私は、自分の精神疾患のことを話して反応を見たいと思ったのです。

そもそも、相手の顔も見えない・見ず知らずの人のネットでの反応なんて、気まぐれで言いたいように言ってくるだけです。

なんの意味もないことです。 というかむしろマイナスです。

その頃は、病みに病んでてその狭いネットのチャットに、世の中を照らし合わせてしまいました。

結果、ガクッと落ち込みましたよ。

だいたいは趣味についてや、年齢や性別やどこに住んでいるかとか暇つぶし程度のやりとりでした。

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ただ、20代の会社員と言っていた人と話していた時です。

仕事何してるの?と聞かれ、勇気を出して「病気でしてません」と言ってみたんです。同世代ですし、どんな反応するのか見てみたかったのです。

そうしたら、なんの病気?と言われたので「精神的なものです」と言ったら、相手の態度がガラッと変わりました。

「ん?病気じゃないでしょ?それ」と言い、「うつはただの甘え」と。

その人はこっちの返事も待たずに、畳み掛けるように文章を連続で送ってきました。

「大学ロクなとこ卒業してないでしょ?有名大出てない奴はゴミ」 「お前に価値ないよ」 「甘えてばかりの人間のクズ」 「ニート

という内容を連続で送ってきたので、流石に一方的な暴言に腹が立って「さっきから一方的に暴言吐かれてますけど、ストレスでも溜まってるんですか?」と送ったんです。

そうしたら、カチンと来たらしく、

「はぁ?何言ってんの。いまお前の話してんだろ」 「やっぱキチガイには話通じない」 「頭おかしい」

その後も連続で中傷文の送りつけが続き、言いたい放題言って退室していきました。 まあ私の「ストレスでも溜まってるんですか?」が挑発的だったかもしれませんが。

悲しいけど世の中こんな考えの人もいる。想像よりもっといるだろうな。 精神病なんてなってみないと苦しみは理解できないしね…。

偏見があるのは分かっていたはずなのに。

当時はこんなこと言われるなんて思わなくて、ネット上とはいえショックでした。

というか、ネットという匿名性があるからこそ、そのまま嫌悪をぶつけられたのでしょうね。

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何してんだろ、自分…って感じでしたね。

自分からサイト行って名前も顔も知らないネットの向こうの人に言われたことにショックを受けてるって。

結局、今思えば自分を良いように言ってくれる人を求めてただけですね。

“落ち込んでいる病気の自分を受け入れて優しくしてくれる誰か”と話して、自分はダメな奴じゃない!って思いたかっただけで、世の中どうのこうのは建前だったように思います。

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それからは、無理に人と関わらず自分だけの時間もあってもいいなって思うようになりました。 引きこもろうという訳ではなく、病気で体と心が辛い日は家でのんびりしてていいんだよという意味です。堂々と療養するって言ったら変ですけど…。

たしかに寂しいし、誰か助けてー!って他力本願したくなるし、いっそ死にたくなったりしますが。(今はそんなに思わなくなりました。)

この間、バリバリ働くキャリアウーマンの親友と会って仕事ができないことや病気を打ち明けましたが、受け入れてくれたし、体の心配をしてくれました。

理解してくれる人もいれば、してくれない人もいる。

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今は心と身体をとことん休めていい時期と割り切れるようになりました。

人生が道だとしたら、病気になった人は、でこぼこ道を歩いたり、急すぎる坂道を登らなくちゃいけなかったり、落とし穴に落ちたり、行き止まりで進めなくなったり、道が見えてるのに歩けなくなったり、躓いて転んだり、元の道に逆戻りしたり、脇道に逸れてしまったり……

まあ厳しい道のりですよね。

でも、病気になって気付けたことは多々あります。

失ったものの代わりに得られたものも実は多い。特に精神疾患なので精神面ですね。

日々の当たり前のことは当たり前に出来る事じゃない。 例えば朝に起きて洗顔して歯磨きして朝食の用意だって、当たり前にやっていた事が出来なくなってしまった。

だから、朝起きれたら素晴らしいと思えるし、顔を洗うのは気持ちいいと前より強く思うし、朝食の用意ができたら「がんばった!偉い!」って思います。

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それに、周りのサポートや気遣いに心から感謝出来るようになった。

私は常に病気でない人が羨ましくて、順調に人生を歩んでいたら...なんて考えることも多かったです。

でも、病気で無くても何かしら「別のこと」で人は悩んでいるものだし、そもそも「順調」な人生って?

他人と比べて羨ましい羨ましいばかりじゃ、何も変わりません。

自分は自分。

別の誰にもなれない。

険しい道のりをゆっくり進んでいるんだな〜。

何も変わらなく見える日常でも少しずつ変化している。

数年前、ネットで言われた言葉は今となっては「悲しい、腹が立つ、理解されない」ではなく「そういう考えをする人も居る、でも私は私だ。気にしない。」に変わりました。

なんだか書き散らして読みにくい文な上にほぼ日記になってしまいましたが、読んでくれた方有難うございます。